
以前書きましたが、私は不妊治療を経て妊娠しました。
今回は、その後の「妊娠中のこと」について書いていきます。
ただ振り返ると、不妊治療中はまだ子どもがいなくて、自分のことだけを考えれば良かったため、肉体的にはそこまで辛くはなかったように思います。
コロナ禍の妊娠
やっと妊娠したかと思ったら、コロナ禍ど真ん中。
ちょうどつわりの時期に、初めての緊急事態宣言が出ました。
まだ「新型コロナ」という病気が未知で、怯えながら過ごす毎日。
幸せなマタニティライフとはほど遠く、なるべく外出しない生活でした。
産婦人科は迷いましたが、不妊治療からの高齢出産だったこともあり、住んでいる地域の中で大きい病院を選びました。
ところが、その大きい病院でもコロナ禍の影響で、リアルのマタニティ講座はすべて中止。
オンライン対応もなく、出産について学ぶ機会はほとんどありませんでした。
仕事も忙しく、気づけば「とりあえず毎日を過ごすだけ」のような妊娠期間になっていました。
そうこうしているうちに東京オリンピックが延期になり、出産予定の12月には再び緊急事態宣言。
そして、立ち会い出産はNGになりました。
コロナのおかげで、在宅勤務できて助かった
私の会社はコロナをきっかけに在宅勤務ができるようになり、かなり助かりました。
つわりの期間も、在宅勤務のおかげで時々横になって休憩できたのは大きかったです。
そういう意味では、コロナ禍もすべてが悪いわけではなかったと思います。
それでも週1回の出社はありましたが、妊婦になって驚いたのは、マタニティマークをつけていても電車やバスで座れなかったことでした。
大きいお腹で優先席の近くにいても、席を譲ってもらえることはありませんでした。
妊婦になって初めて、「こういう現実もあるんだな」と感じました。
もし毎日出社だったら、どれだけしんどかっただろうと思います。
妊娠中の夫の意識
コロナ禍で病院の付き添いがNGとなり、夫は初診のときだけしか病院に来ませんでした。
エコーも一度も見ていません。
不妊治療中もあまり当事者意識がなかった夫ですが、妊娠中もどこか他人事のような印象でした。
中止になってしまったのですが、できれば出産の立ち会いはしてほしかった。
出産の大変さを実感できていたら、産後の関わり方も少し違ったのではないかと思います。
妊娠中の体調は、至って順調だった
産後に体調が大きく崩れることになる私ですが、妊娠中は本当に順調でした。
母子ともに問題なしで、仕事も残業をこなしていました。
産休中には箱根旅行に行くくらい元気でした。
友人や同僚がつわりや切迫流産で入院している話を聞いていたので、どこか余裕すら感じていたと思います。
生理が重かった私にとって、妊娠中に生理がないことはまさにパラダイスでした。
会社の先輩が「本当に楽になるよ」と言っていた意味がよくわかりました。
さらに女性ホルモンの影響なのか、風邪もひかず、体調も安定していて、どこか「無敵なんじゃないか」と思っていたほどです。
ただ、1年近く体の変化を意識しながら過ごすのはそれなりに大変で、また妊娠したいかと言われると少し考えてしまいます。
妊娠後期になると、お腹が大きくなり、足のつりやむくみ、腰痛などは出てきましたが、それでも想定内の範囲でした。
妊娠が順調だったこともあり、「出産もなんとかなるだろう」とどこかで油断していた部分はあったと思います。
母方が安産家系だったことも、根拠のない安心材料になっていました。
ただ母も20代での出産だったので、それと同じに考えるべきではなかったのだと思います。
妊娠中の反省
今思うと、妊娠中にもっとスクワットなど体を鍛えておけばよかったと思います。
毎日30分〜1時間の散歩はしていましたが、それだけでは足りなかった気がします。
これから出産する方には、できるだけ体を動かして体力をつけておくことをおすすめしたいです。
また、出産についての知識をもう少し持っておくことも大事だと感じました。
私はコロナ禍で病院のマタニティ講座が中止になってしまい、学ぶ機会がほとんどありませんでした。
出産が怖くて、専門書などもあまり読めないまま当日を迎えています。
今は講座も再開していると思うので、できるだけ参加しておくと安心につながると思います。
また、妊娠・出産の流れを知っておく意味では、『コウノドリ』のような作品を読んでおくのもとても参考になると思います。
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次回は、破水から無痛分娩、そして吸引分娩となった出産当日のことを書こうと思います。
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